2022.07.22
お知らせ
2022年7月5日(火)に開催されました「GLOCOM六本木会議オンライン#44 市民の幸福感を高めるスマートシティの思想」の収録動画とレポートを公開いたします。
スマートシティの思考枠組みは、世界中で日々進化を続けている。日本でもデジタル田園都市国家構想の中心概念として、市民の幸福感(Well-being)を最終ゴールとしたまちづくりや地域DXが始まった。では、具体的にどのようにしたら、市民の幸福感(Well-being)を高めることが出来るのか。本講演では、このような市民が幸福感を実感できるようなまちづくりのポイントについて、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが調査研究等を踏まえて開発したLivable Well-Being City指標(LWC指標)の利活用ガイドブックを用いて紹介する。客観指標と主観指標のデータをバランスよく活用して市民の暮らしやすさと幸福感(Well-being)を数値化・可視化したLWC指標を用いて地域の特徴を把握し、その背景にある市民の抱えるニーズの深堀、市民との対話を通じることで、街の個性を生かしたまちづくりにアプローチできる。スマートシティ・インスティテュートは、こうしたWell-being向上への取り組みに共感した会員とともにLWC指標の高度化や展開促進といった形で産学官民連携による共創を進めており、日本社会をみんなで作っていくという試みをしている。
◇デジタル田園都市国家構想におけるWell-beingとは
デジタル田園都市国家とは、地方創生とスマートシティを足し合わせたような考え方であり、地域の暮らしをデジタル基盤の力によって豊かにすることを指す。特に、生涯にわたってデジタルソリューション等による恩恵を受けられるような状況を目指している。そうした中で、スマートシティを実現した結果、人々が本当に幸せになるかを測るというのがLWC指標のキーコンセプトになっている。
これまでのまちづくりではまち全体の目指す価値観の明示が不十分であり、目的や取り組みがバラバラになっていたが、Well-beingの向上を目標とし、主観指標と客観指標を用いて取り組みの整合化を図ることができる。現状は、デジタル田園都市交付金Type2およびType3に選ばれた自治体にWell-being測定を義務付けるという段階であり、今後はほかの自治体にも横展開を通じて広がっていくことが予定されている。
LWC指標は、オーストラリアの主要都市で政策策定に使われていたLivevability indicatorが元になっている。加えて、デジタル化それ自体ではなく、人が優しくなる社会を作ることを目的とした指標を日本に取り入れていく中で、Well-beingという指標も必要だという考えに至った。これら2つのコンセプトを組み合わせてLWC指標ができた。
◇DXと電子政府構築
DXの定義は専門家によって少しずつ異なるが、従来のデジタル化とは次元が異なるものだと思った方がよいだろう。アメリカの高等教育機関の情報化推進機関であるEDUCAUSEは、DXをデジタル技術に基づいた組織や制度の改革であると定義し、情報のデジタル化であるデジタイゼーションや、デジタル化によるプロセスの改革であるデジタライゼーションと区別している。
DXを過去の情報化やデジタル化の延長で考えてはいけない。情報化による効率改善やデジタル技術を用いた新製品開発ではなく、デジタルを前提として経営やビジネスを再構築することがDXであり、その本質は、組織、ビジネス、企業文化の変革だと考えられる。
幅広く考えると、工業社会から情報社会の変化がDXだと言うことができるのではないか。肉体労働の代替と増幅によって工業社会が生まれてきたように、デジタル技術を用いた知的労働の代替と増幅によって工業社会が情報社会に転換していくのだと考えられる。
2000年に発表されたIT基本戦略の中では電子政府が「行政内部や行政と国民・事業者との間で書類ベース、対面ベースで行われている業務をオンライン化し、情報ネットワークを通じて省庁横断的、国・地方一体的に情報を瞬時に共有・活用する新たな行政を実現するもの」と定義している。その実現にあたっては、業務改革、省庁横断的な類似業務・事業の整理及び制度・法令の見直しを実施し、行政の簡素化・効率化、国民・事業者の負担の軽減を実現することが必要だとしている。
つまり、電子政府の構築というのはデジタルを前提にして政府を再構築すること、つまり紙とペンの行政からネットワークとデバイスを使った行政に変えて、情報社会にふさわしい政府を実現すること(=「政府のDX」)なのではないか。
◇市民の幸福感を高めるまちづくりの指標(LWC指標)について
スマートシティに取り組んでいる自治体にアンケートを実施した結果、デジタル化と生活に距離感があり、市民参加が進まないことが問題になっていることがわかった。これは日本のスマートシティ推進上の最大の課題であり、LWC指標は、その解決を目指すものである。これまでのスマートシティでは、建築物や交通網といった社会資本のレイヤーとデジタルのレイヤーを中心に考えられてきたが、そこに人・社会のレイヤーと自然資本のレイヤーを加えた4レイヤーの調和がないと本当に住みやすい幸せなまちはできないという思いが込められている。
LWC指標は、2つの考え方を基本概念としている。1つは、Well-being。これは身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること。もう1つは、健康の社会的決定要因。これは個人または集団の幸福感や健康状態に違いをもたらす要因は、経済的、社会的状況にあるとするものである。人間の中から外を見るWell-beingの考え方と環境から人間を見る健康の社会的決定要因の考え方を組み合わせたことが、日本発の指標も ひとつのポイントとなっている。
LWC指標の開発・導入目的は6つある。それは、「人間中心主義」を明確化すること、市民の視点からWell-beingを数値化すること、ランキング化して勝ち負けをつけるのではなく自治体の個性を磨くためのツールとすること、国際的な枠組みを導入して世界標準に合わせること、客観と主観データの両方を無料でオープン化し活用すること、まちづくりのEBPM(Evidence-based policy making)・ワイズスペンディングに役立てることである。
総合的なまちづくりを人間中心主義で実施するためには、日本固有の文化や生活感を踏まえた地域における心豊かな暮らしを重視する指標の構築が不可欠である。日本は高度経済成長期からバブルを通じて物質的な豊かさを経験してきた一方で、経済成長ではない心の豊かさを置き去りにしてきたといえる。この心の豊かさをどう測るのかということにチャレンジするために、LWC指標はマズローの欲求段階説や世界幸福度調査のアプローチと、 SDGs の枠組みを参考にし、人の内面から外部環境への見方と外部環境から人の内面への見方のふたつを組合せているという点に特徴がある。また、また、地域固有の実態を把握できるように、基礎自治体単位で測定するものとしている。
LWC 指標は主観的幸福感指標である心、活動実績指標である行動、生活環境指標である環境の大きく3つの領域に分類されるが、具体的には「地域生活のWell-being指標」「協調的幸福」「ActiveQoL」「センシュアス・シティ」「暮らしやすさ客観指数」の5つの指標で構成されている。「地域生活のWell-being指標」は、慶応義塾大学の前野隆司教授らが開発した評価指標であり、8つの幸せ要因と2つの不幸せ要因を計測して主観的幸福感を測る。「協調的幸福」は京都大学の内田由紀子教授らが開発した評価指標であり、地域で暮らすことで幸福が感じられ、他者と信頼関係でつながり、また、地域内で誰かの役に立つように向社会的に活動することが、「循環」するような共創的仕組みができているか、そうした地域環境について測定する。農村地域や漁村地域といった日本の原風景にあるような地域のデータに基づいており、幸せが伝播し循環するモデルになっている。「ActiveQoL」は、日立東大ラボが開発した日々の生活活動に基づく評価指標であり、ウェアラブルデバイス等を用いてリアルタイムでデータを計測することが特徴になっている。「センシュアス・シティ」は、LIFULL HOME’S総研の島原万丈所長が開発した評価指標であり、市民の「実体験」という動詞での評価から、 地域の「体験価値」都市の実相を可視化する。「あなたは自分が住んでいる街で、●●をしましたか?」という質問形式でデータを収集することが特徴的な指標になっている。「暮らしやすさ客観指数」は、身体・社会・精神の健康に関わる、地域の生活環境の測定指標である。日本社会では身体・社会の部分は満たされていることが多く、教育環境の選択可能性や文化・芸術といった精神の部分をいかに充実させていくかが幸福度を上げる鍵となる。
◇LWC指標活用の手順(フロー)
まず、データを基に市民の幸福の因子を探索して幸福の因子に関連する施策や効果等を整理し、ストーリーとして可視化することで、これまで見えてこなかった課題やニーズを把握する。さらに、ディスカッションをもとに施策を決定し、その結果をモニタリングして改善するといった一般的なPDCAサイクルを行うことを想定している。
一般社団法人スマートシティ・インスティテュートのウェブサイトでは、データおよび分析用テンプレートのダウンロードが可能になっている。ダウンロードしたデータとツールを用いると、レーダーチャートや折れ線グラフを表示して各自治体の特徴を確認することができる。データは実像の一部を切り出しているにすぎないので、データの背景を想像して市民のニーズをストーリーとして可視化し、市民と共有していくことが目標として想定されている。
施策の決定にあたって、どこまでやるのかは重要な話であり、例えば住宅地の都市が工業都市になろうとすることは非現実的である。自治体には、指標を用いてその街の個性を生かしたまちづくりを考えていただきたい。
◇LWC指標のユースケース
指標を用いて加古川市の令和 3年度市民意識調査を分析すると、「社会的健康」や「身体的健康」に関わる質問が多く、「精神的健康」についてはあまり聞かれてこなかった。「精神的健康」を更に調査することで、市民のWell-beingの理解を深められるのではないかという検討が現在進められている。
浜松市では、KPIをWell-beingという観点から見たらどうであるかという見直しが始められている。例えば、健康寿命が長いことが浜松市の特徴だが、これはWell-beingであるのか、その先があるのではないかといった議論がされている。
会津若松市は、スマートシティの領域ではナンバーワンと言われているがWell-beingという言葉は使われてきていなかったため、LWC指標を使った見直しが進められている。例えば食の観光について見ると、食文化への誇り、地域の賑わい、一体感、地元への愛着といったものがあって初めて市民の幸福に届くのではないかというシナリオが作られている。
高松市では半日かけたワークショップが行われた。そこでは、暮らしやすさの指標で医療・健康の偏差値が低いことから、うどんに代表される食文化を大切にしながら健康寿命を延ばすにはどうしたら良いか、車社会だが自動車の事故よりも自転車の事故が多いので自転車事故に着目するべきといった議論が行われた。
民間企業との連携事例では、東京海上日動火災保険株式会社とLWC指標の自然災害・防災に関する指数をスマートシティ・インスティテュートと共同開発した。スマートシティ・インスティテュートは、社会のWell-being 向上に向けた取り組みに共感したスマートシティ・インスティテュートの会員とともにLWC指標の高度化や展開促進を進めることにも注力している。
◇Appendix
Appendixでは、データがいつどこから来たものであり、何のために測定されたものであるかが説明されている。アンケート内容についてもすべて開示しており、利用者にとって使いやすいものになれば良いと考えている。
また、日本の自治体の人口コホートを6つにグルーピングしてまとめている。自治体を比較する際には人口構造は非常に重要な要素であるので、1つの分析結果として参考にされると良いと考えている。
- 収集、可視化したデータをどのように使うかが重要だと思う。どのような活用方法を想定しているか。
南雲氏:ワークショップなどで、市民の方たちと会話をしながら政策を作っていくことが大切。データを使うことに価値があると考えていて、付き合いのあるコンサルティング会社やアドバイザーなど、誰かと一緒になって使ってくださいという言い方をしている。また、例えばデジタル化について考えると、デジタル中心になってテクノロジーを使うのではなくて、スパイダーチャートのへこんでいるところを伸ばし、結果として住みやすくなったことを検証できればEBPMを実現できたことになる。
- 施策を講じて結果をフィードバックして、という一連のサイクルはどのくらいのタイムスケールで考えるべきか。
南雲氏:短期にできるデジタルソリューションもあれば、教育などの長い時間がかかるものもあるので場合によるが、時間がかかる前提で考えた方が良いと思っている。フィンランドではAIを用いて20年先の幸福度を想定して計画している。
- ウェブサイトで公開されていたデータをダウンロードして現在住んでいる自治体と実家の自治体を比べてみたら肌感覚的に近い数字だった。やはり比較してみたくなってしまうがランキングではなくベンチマークなら良いか。
南雲氏:ベンチマークなら良いと考えている。勝ち負けの議論をして政治家のアピールの道具のようになることは望ましくない。市民にとっての暮らしやすさを良くするために何ができるのかを知るための指標としてほしい。
- データはどのくらいの頻度で更新する予定か。データを集めるだけでも大変な労力とコストがかかるものではないか。
南雲氏:基本的には年に1回データの更新をしている。ただし、国勢調査が5年に1回しか行われないように、データ元の更新頻度にも左右される。
- デジタル庁はどのように関与しているのか。
南雲氏:委託されているのではなく横の連携関係になっている。今回のガイドブックはデジタル庁とのダブルクレジットになっている。
- 今後デジタル庁が各自治体に向けてこの活動を呼びかけていくといった流れになるのか。
南雲氏:そうなる。国が交付金を出す代わりに、自治体は指標を使った結果の測定と報告が義務付けられるという形になる。
- 調査方法はどのように検証されているのか。また、この調査方法自体のアップデートも継続的にSCI-Jが進める予定か。
南雲氏:自治体によって状況が違うので、検証はローカルに行っていきたい。方法のアップデートについては、いろいろな人の力を借りて、様々な角度から事象を見て高めていくサイクルを我々は持っている。
- ブラウザ上でデータが見られるダッシュボード機能があると便利そうだが開発の予定はあるか。
南雲氏:システムを固めてしまうと修正するのは大変な作業になる。進化の自由度と見るときの美しさというトレードオフの関係でどこまでやるかを模索している。
- 表示されたレーダーチャートなどと実際に居住している人の実感との差は調査しているのか。
南雲氏:アンケート調査をしている。ただし、主観と客観とは必ずしも常には合わないものだという理解も必要だと考えている。
- 紹介されたデータを活用したい場合にはどのような形で相談が可能か。
南雲氏:行政手続に関することならデジタル庁、指標のテクニカルなことに関してはスマートシティ・インスティテュートに問い合わせていただければ良い。いろいろなところと連携したいと考えている。
執筆:田邊新之助(GLOCOMリサーチアシスタント)
南雲 岳彦(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 企画管理部門 兼 調査部 専務執行役員/一般社団法人スマートシティ・インスティテュート 専務理事/GLOCOM上席客員研究員)
地球環境と市民が共存し、誰もが幸福になれるグリーン&デジタルなまちづくりに従事。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング専務執行役員、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート専務理事、デジタル庁Well-Being指標整備委員会委員、規制改革推進会議専門委員、IPAデジタルアーキテクチャ・デザインセンター・アドバイザリーボードメンバー、世界経済フォーラムC4IRフェロー、、京都大学経営管理大学院客員教授、タリン工科大学客員教授、東海大学客員教授、金沢工業大学客員教授、ロイヤルメルボルン工科大学シニアフェロー、国際大学GLOCOM上席客員研究員。様々な自治体や企業のアドバイザーを務める。
※本セッションは、2022年7月5日(火)Zoomウェビナー形式で、事前参加登録をしたリモート参加者約60名にライブ配信されました。
GLOCOM六本木会議オンラインでは、今後も継続して、旬なテーマをピックアップし、セッションを開催してまいります。各回のセッションの収録動画は、Youtubeチャンネルにアップし、アーカイブ化することで、いつでもご覧いただけます。
また、GLOCOM六本木会議ウェブサイト(https://roppongi-kaigi.org/)より、事前参加登録をされた皆さまには、Zoomウェビナーを介してライブでもご視聴いただけます。