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2022.07.22

お知らせ

【動画&レポート公開】#43 IT戦略の系譜と政府のDX(デジタル・ガバメントシリーズ第8回)(6/21開催)

2022年6月21日(火)に開催されました「GLOCOM六本木会議オンライン#43 IT戦略の系譜と政府のDX(デジタル・ガバメントシリーズ第8回)」の収録動画とレポートを公開いたします。

イベントレポート

概要

 2020年秋「良質な通信インフラも、過去のIT戦略も役に立たなかった。『敗戦』以外の何物でもない」、平井卓也デジタル改革大臣(当時)は、 IT系専門誌のインタビューでITを活用した新型コロナ対策のトラブルについて問われ、そう語った。「過去のIT戦略も役に立たなかった」理由はどこにあるのだろうか。あらためて2001年のe-Japan戦略に始まる IT戦略の系譜を紐解き、何が実現できていないのか、その原因はどこにあるのかを考察するとともに、デジタル時代にふさわしい政府の姿、政府のDXを考える。電子政府の構築というのはデジタル技術を前提にして政府を再構築すること、つまり紙とペンの行政からネットワークとデバイスを使った行政に変えていくことだと考えられる。電子政府の実現には、徐々に普及が進んでいるマイナンバーカードの利用促進及び有効活用が不可欠である。また、マイナンバーの活用範囲を拡大することでより公平で公正な給付と負担を実現でき、個人情報保護の強化とプッシュ型行政サービスの実現の両立が可能になるだろう。

1. 前川徹氏による発表

◇電子政府の取組みとその評価
 2020年に新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、政府はさまざまな施策を実施して電子政府構築に取り組んだが、日本はデジタル化にうまく対応できていないことが明らかになった。これについて平井卓也デジタル改革大臣(当時)がインタビューにて「良質な通信インフラも、過去のIT戦略も役に立たなかった。『敗戦』以外の何物でもない」と答えたことをきっかけに、デジタル敗戦という言葉が有名になった。
 過去のIT戦略を振り返ると、2001年のe-Japan戦略に始まり、2003年のe-Japan戦略Ⅱ、2006年のIT新改革戦略と続くが、2006年9月に発足した第一次安倍内閣から閣僚名簿にIT担当大臣がなくなり、2012年に発足した第二次安倍内閣にてIT担当大臣が復活するまでの間、リーマンショックや東日本大地震などの影響もあり、改革は失速することとなった。2013年6月には世界最先端IT国家創造宣言を出し、2021年9月にデジタル庁が発足してデジタル社会の実現に向けた計画が策定され、その実行が現在進んでいる。
まず、それぞれの戦略とその成果を振り返る。
 2001年のe-Japan戦略では、少なくとも3000万世帯が高速インターネット網に、また1000万世帯が超高速インターネット網に常時接続可能な環境を整備するという目標を立て、達成した。しかし、2003年までに国が提供する実質的にすべての行政手続きをインターネット経由で可能するというもう1つの目標は大失敗に終わっている。具体的には、2003年度末には96%の手続きがインターネット経由で可能になったが、オンライン化すること自体を目標にしてしまったことで2つの大きな問題が生じた。1つはオンライン化に注力をしてしまったために使い勝手の悪いシステムになり、利用率が伸びなかったことである。もう1つは、ほとんど利用のない手続きもオンライン化したために費用対効果が非常に低いシステムを多数構築してしまったことである。

 この反省に基づき、2003年の電子政府構築計画では、2005年度末までに行政手続についてインターネット上の1つの窓口で適切な行政サービスを受けることを可能とするという目標を立てたが、達成できていない。その後の2006年のIT新改革戦略では2010年度までにオンライン申請率50%という目標を立てたが、これも達成できていない。2020年でも、オンライン利用率は国の行政機関等に対する手続きで46%、地方自治体に対する手続きが34%にとどまっている。
 2009年のi-Japan戦略2015では、自宅やコンビニ等において24時間必要な証明書等を手に入るようにするとし、また翌年の新たな情報通信技術戦略では2020年までには国民が行政窓口以外の場所で国民生活に関係する主要な申請手続きや証明書入手を必要に応じて週7日24時間ワンストップで行えるようにすると目標を立てたが、いずれも達成できていない。ちなみに、2022年の6月時点で総数の55%である947市区町村において全国のコンビニで証明書発行が可能になっている。
また、i-Japan戦略2015において国民電子私書箱(マイナーポータル)を普及・定着させて事務コストを3割削減すると目標を立てたが、これも実現できていない。実際にマイナーポータル運用が始まったのは2017年であり、登録者は2021年2月8日時点で403万件(日本全人口の3.2%)、2017年1月から2021年1月までにログインした登録者は103万人にとどまっている。
2010年の新たな情報通信技術戦略では、電子行政の共通基盤として2013年までに国民ID制度を導入するという目標を立てた。これについては、2013年5月にマイナンバー法が成立して2015年の10月から施行され、予定よりは少し遅れたが、達成した。
2004年の1月には、ネット上での厳密な本人確認のための仕組みとして公的個人認証サービス(JPKI)が開始された。これを使うためには電子証明書と署名に用いる秘密鍵を収めたICカード(住基カード/マイナンバーカード)を用意する必要がある。住基カードの普及率は2015年12月時点で5.6% 、マイナンバーカードは2022年1月1日時点で普及率約41%になっている。

◇DXと電子政府構築
 DXの定義は専門家によって少しずつ異なるが、従来のデジタル化とは次元が異なるものだと思った方がよいだろう。アメリカの高等教育機関の情報化推進機関であるEDUCAUSEは、DXをデジタル技術に基づいた組織や制度の改革であると定義し、情報のデジタル化であるデジタイゼーションや、デジタル化によるプロセスの改革であるデジタライゼーションと区別している。
 DXを過去の情報化やデジタル化の延長で考えてはいけない。情報化による効率改善やデジタル技術を用いた新製品開発ではなく、デジタルを前提として経営やビジネスを再構築することがDXであり、その本質は、組織、ビジネス、企業文化の変革だと考えられる。
 幅広く考えると、工業社会から情報社会の変化がDXだと言うことができるのではないか。肉体労働の代替と増幅によって工業社会が生まれてきたように、デジタル技術を用いた知的労働の代替と増幅によって工業社会が情報社会に転換していくのだと考えられる。
 2000年に発表されたIT基本戦略の中では電子政府が「行政内部や行政と国民・事業者との間で書類ベース、対面ベースで行われている業務をオンライン化し、情報ネットワークを通じて省庁横断的、国・地方一体的に情報を瞬時に共有・活用する新たな行政を実現するもの」と定義している。その実現にあたっては、業務改革、省庁横断的な類似業務・事業の整理及び制度・法令の見直しを実施し、行政の簡素化・効率化、国民・事業者の負担の軽減を実現することが必要だとしている。
 つまり、電子政府の構築というのはデジタルを前提にして政府を再構築すること、つまり紙とペンの行政からネットワークとデバイスを使った行政に変えて、情報社会にふさわしい政府を実現すること(=「政府のDX」)なのではないか。

◇政府のDXに向けて
 政府のDXに向けて何をしていくべきか、具体的なアイデア例を5つ提示する。
 1つ目は、マイナンバーの取り扱いを変えること。マイナンバーは、個人を識別する識別子であり、名前と同じ役割を果たすものであるので、秘密にする必要がある情報ではないのではないか。憲法が保障している基本的人権を不当に侵害しないとした上で、公共の福祉のためにマイナンバーの規制を緩和し、利用を促進していくと良いのではないか。
 2つ目は、資産をマイナンバー/法人番号と紐づけること。韓国では全ての資産が個人と紐付けされているが、日本ではそのようなことはされておらず、行政が資産を把握できていないことによる問題が存在している。公平で公正な給付と負担を実現するためには政府が所得や資産を正確に把握する必要がある。
 3つ目は、政府の信頼を高めるためには行政を透明化すること。特に個人情報にいつ誰が何のためにアクセスしたのかを自分で確認できるという仕組みや、公文書を原則公開する仕組みがあると良いだろう。
 4つ目は、マイナンバーカードを原則配布にすること。オプトアウト可能な形で不要な人は返納できるようにして、マイナンバーカードを取得するための手続きを簡略化できたら良い。また、一定金額以上のネット取引で電子認証を義務化することで、ネット上でのなりすましを防止し、マイナンバーカードの利用を促進することができるのではないか。
 5つ目は、戸籍を廃止すること。身分や家族関係の証明は必要であり、韓国は戸籍制度から家族関係登録制度に移行した。マイナンバーをインデックスにすることで本籍地は不要なはずである。データベースとして法務省が一括管理するようにすることで、使いやすい形になるだろう。住民基本台帳との一体化も検討したい。

 

2. 質疑応答・ディスカッション

遊間氏:日本で行政のDXが進んでいなかった理由に、自治体の窓口に行けば丁寧に手続きを教えてもらえるためにDXへの強いニーズがなかったということがあるのではないか。
前川氏:その通りだと思う。しかし、地方自治体で職員の非正規雇用が増えていることを考慮すると、ITを使って合理化していく必要がある。

参加者コメント1:子供の出生時にマイナンバーカードを配布するようにしてはどうか。
前川氏:現在では出生届を出せばマイナンバーが自動的に振られるはずだがカードは申請する必要がある。出生届とマイナンバーカードの取得を同時にできたら良いと思う。

参加者コメント2:運転免許証のように当たり前にマイナンバーカードを持ち歩けるようにしないと公的個人認証を普及させるのは難しいのではないか。実質的にはスマホアプリ化が望ましいと思う。
前川氏:スマホアプリ化すると良くなると思う。実際にそのような話も進んではいるが、秘密鍵や証明書の取り出しができない仕組みを持っているスマホに限定されるという問題点はある。また、マイナンバーカードを持ち歩くことに不安を感じる人が多いが、暗証番号がないと使えないようになっているので即時に不正利用される可能性は低いと理解してほしい。

遊間氏:これからマイナンバーカードが健康保険証として使えるようになることで、いつも持ち歩くようになるのではないか。
前川氏:対応できる医療機関を増やすため、診療報酬の点数が加算されたが、制度設計に問題があった。患者の窓口負担が増える仕組みを見直す検討が始まっているが、国民の負担を下げる形 にしないと普及しないと思われる。

参加者コメント3:都道府県や市町村という階層をなくして行政サービスを一本化することはできないか。
前川氏:良いアイデアだと思う。地方自治体のシステムの標準化が現在進められているが、基本的なところは全て同じで良いのではないかと考えている。

参加者コメント4:将来的には自分の名前を自分で決められて好きに変更できて、それで何も困らない社会にしたい。
前川氏:マイナンバーで個人が識別できるのでそういったことが可能な状況ではある。
遊間氏:犯罪者が戸籍の仕組みを使って名前をロンダリングするというような問題を解消できるような統合された仕組みを上手く作る必要があることには注意したい。

参加者コメント5:マイナンバーを公開したくない理由の1つは、日本には1度失敗すると取り戻せないという文化があるからではないか。マイナンバーに紐づけられる属性が多ければ多いほど窮屈な世界になるように思う。
前川氏:データで不当な差別が行われるようなことは避けたい。過去のデータが必要な行政というのはあるが、同時に過去のデータを使って人を選り分けるようなことをやってはいけない領域もあるはずで、慎重に議論して行く必要がある。

参加者コメント6:脱税などに対してマイナンバーの公開は大きな抑止力になるのでメリットも大きいと思う。
前川氏:市町村はその市町村を越えたところにある資産を把握できないために、不正に給付金を受け取っている人がいると聞いている。こうした社会的不平等をなくせるようになれば良い。

参加者コメント7:マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにするのならば各病院の診察券を統合することはできないか。
前川氏:技術的には可能なはずであるし、良いアイデアだと思う。

参加者コメント8:日本以外のデジタル化に失敗した国を調査してはどうか。
前川氏:ぜひデジタル庁に調査してもらいたい。例えばデンマークは国と国民との間の信頼関係が非常に強いのに対して、日本は極端に政府を信用していないことが失敗の一因だと考えられる。

参加者コメント9:戸籍がなくなると、どこの家の財産であるかを把握できなくなるのではないか。
前川氏:戸籍の代わりに家族関係登録制度を導入すれば、親子関係、婚姻関係を正確に把握でき、相続の手続きも簡単になるはずである。

執筆:田邊新之助(GLOCOMリサーチアシスタント)

 

講演者プロフィール

前川徹(東京通信大学 情報マネジメント学部 教授/GLOCOM主幹研究員)
1978年通商産業省入省、機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO NYセンター産業用電子機器部長、IPAセキュリティセンター所長、早稲田大学大学院国際情報通信研究科客員教授(専任扱い)、富士通総研経済研究所主任研究員、サイバー大学IT総合学部教授等を経て、2018年4月から東京通信大学情報マネジメント学部教授、この間、一般社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事、国際大学GLOCOM所長などを兼務。

遊間和子(株式会社国際社会経済研究所 調査研究部 主幹研究員)
高齢化とICT、デジタルヘルス、情報アクセシビリティなどの情報社会を取り巻く課題に関する調査研究活動に従事。経済産業省「産業構造審議会保安・消費生活用製品安全分科会 製品安全小委員会」委員、(国研)科学技術振興機構/社会技術研究開発センター「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」領域アドバイザー、国際大学GLOCOM客員研究員などを兼務。主な共著書に「デジタルヘルスケア」(創元社)などがある。

 

※本セッションは、2022年6月21日(火)Zoomウェビナー形式で、事前参加登録をしたリモート参加者約70名にライブ配信されました。

GLOCOM六本木会議オンラインでは、今後も継続して、旬なテーマをピックアップし、セッションを開催してまいります。各回のセッションの収録動画は、Youtubeチャンネルにアップし、アーカイブ化することで、いつでもご覧いただけます。
また、GLOCOM六本木会議ウェブサイト(https://roppongi-kaigi.org/)より、事前参加登録をされた皆さまには、Zoomウェビナーを介してライブでもご視聴いただけます。