2022.05.30
お知らせ
2022年5月13日(金)に開催されました「GLOCOM六本木会議オンライン#40 暴力・災害などのシリアスな報道と子どもたち~学校・保護者はどう向き合うか」の収録動画とレポートを公開いたします。(レポート公開日:2022年7月22日)
戦争や災害の報道が頻繁になされれば、子どもはどこからかその情報を知ることになる。学校や保護者にとって難しいのは、それらの情報をどう子どもに伝え、または話し合うか、ということである。本セッションでは、デジタル・シティズンシップ教育の考え方を取り入れながら、子どもたちとどのように向き合い、高度な学びにつなげていくのかを、教育現場でデジタル・シティズンシップの授業を担当している有山裕美子氏と学校教育心理学・教育工学・学校経営を専門とする豊福晋平氏の対談を通じて明らかにしていった。大人は、子どもの発達段階に応じて段階的にメディアを通じた社会参加をサポートしていかなければならない。そこで重要となるのは、知りたいと思う子どもの主体性を尊重して、テクノロジーを使いこなす機会を提供することである。一方で、ロシアによるウクライナ侵攻のように現在進行形で発生している事象に関する情報においては、その真偽を見極めながら学びの機会として取り扱うことの難しさがあるため慎重さが求められる。いま、求められることは、大人も子どもと一緒にデジタル・シティズンシップを学びながら丁寧なコミュニケーションを続けることにある。
◇デジタル・シティズンシップ教育
現代社会ではテクノロジーは日常に広く行き渡っている。安全で責任を持ち相互尊重するという原則のもと、デジタルコミュニケーションの道具的意義を認め、テクノロジーの善き使い手になるための教育を、デジタル・シティズンシップ教育という。
近年ではGIGAスクール構想により学校にデジタル端末が導入され、その使い方が話題にされるが、家庭で子どもたちがどのようにメディアに触れるのかということもメディアバランスにかかわる話である。
発達期の子どもは大人とは異なる情緒を持っていることを考えたうえで子どもがメディアから受ける心理のストレスをどのように調整するのか。一方で子どもの知的な活動をどのように促進すれば良いのか、というジレンマが存在する。
幼い子どもは現実と空想の境界が曖昧であり、非日常の暴力や惨事の報道で強い恐怖や不安を感じたり、自分の行動が社会に悪い影響を及ぼさないかと悩んだりすることがある。しかし、悪影響があるからと言って子どもたちを暴力や惨事のニュースから引き離すことは、子どもの好奇心を大人が否定することでもあり、子どもにとってつらい経験になってしまう。そうした中で、子どもがデジタルの環境を通じて社会参加出来るようにしていくためには、以下のような年齢別の対応が考えられる。
6歳までの子どもは抽象的な概念や因果関係が十分に把握できないため、ニュースに触れる時間を抑制し、不安や恐怖の気持ちを受け止めて安心させることが重要になる。
7歳から12歳になると、読み書きが出来るようになり、不意に情報を入手する経験をするが、現実と虚構の区別はまだ難しいので、安全な話し合いの場を作りサポートをする必要がある。
13歳以降になると、抽象的な思考や論理的な思考が出来るようになるので、積極的に質問をしたりして会話の機会を持つことが重要になる。
◇メディアの縦読みと横読み
メディアの読み解き方には、縦読みと横読みがある。
縦読みとは、誰が作ったのか、いつ作ったのか、事実か、参照はあるか、自分とどのような関係があるか、なぜこの情報は作られたか、というチェックリストを用いて情報の信頼度を確かめるものである。
横読みとは、情報の背後にいるのは誰か、根拠は何か、他の資料ではどう書かれているかを確認して情報の信頼度を探る方法である。
情報を内から見る縦読みはメディアの読み方としては不十分であり、情報を外から見る横読みの方法を用いる必要がある。教育の過程では横読みの方法を取り入れると良いのではないか。
◇「情報」にどう向き合い、主体的に使いこなすか̶̶教育現場での事例
現在進行形で起こっていることはあまり検証されない状態で色々な人が発信者になって報道するため、予期せず報道に接する可能性がある。子どもたちが受け身にならずに自分ごととして自分なりに解釈することにどのように向き合っていくのか。教育プログラムとしての事例を紹介する。
ヒロシマ・アーカイブは、広島女学院の生徒が中心となって高校生が被爆者の方にインタビューを行いインターネット上にアップロードするという活動を行っている。工学院大学附属中学校・高等学校では、八王子空襲をテーマにインタビューをして、国際平和映像祭に出品した生徒もいた。子どもがインタビューするならば答えるという被爆者の方がいることから、子どもたちにつなぐ大人の思いというものを感じた。そういったところに報道のあり方のヒントがあるのではないか。
工学院大学附属中学校では、中学2年生がプロジェクトツアーで東日本大震災の被災地を訪ねるということを7年間続けている。テレビやインターネットで報道された場所を実際に自分たちの足で歩く経験をすることで、東日本大震災について知って自分なりの考えを持ち、積極的に行動する子ども達も中には出てきている。
◇子どもたちの「知りたい」にどう向き合うか
ある中学生は、「海外で起きている圧倒的な暴力について自分はとても無力で何をしたらいいかわからないけれどもきちんと知りたいと思った」と言っている。この気持ちにどう応えるのかが改めて大人に突き付けられている課題である。
シリアスな報道を受けて行動したいと思った子どもの受け止め方を尊重して応援することが大切である。この際、大人の考えが子どもに与える影響は大きいので、大人も子どもと一緒にデジタル・シティズンシップを学ぶことが重要なのではないか。
― 探究学習、創造活動としての評価
豊福氏:過去の戦争や震災を知るためのインタビュー活動の際に、子どもが先に落としどころを探ることによって、中身の伴わない綺麗な作品が出来てしまうこともあるのではないか。
有山氏:東日本大震災での子どもたちの発信を例に挙げると、現地に行った時の感想やレポートは予定調和的なものになる。しかし、子どもたちが自主的に始める活動ではそれぞれが責任感を持って取り組んでいる。
― 縦読みは何が問題なのか
豊福氏:縦読みは悪いのではなく不十分である。サイトの中の情報はいくらでも書き換えることが出来るので、情報を外側から見て信頼度を調べる必要がある。
― 子どもが自分でデジタルデバイスにアクセス出来る環境が整いつつあるが、ウクライナ侵攻のような報道に対してもブラウザ等のペアレンタルコントロールは有効になっているのか。
豊福氏:ペアレンタルコントロールは基本的にニュースサイトをチェック対象にしていないので意味をなさない。だからこそ、保護者が積極的に関わる必要がある。
― 東日本大震災から学びとり、防災意識向上に繋げるのは素晴らしい取り組みだと思う。テーマが「戦争」になった時、何を学び取ってもらうことが出来そうか。
豊福氏:何を学び取るのかということに正解はない。だからこそ色々な領域の人が色々なことを考察するべきであり、我々はそれを知るべきである。また、何を学ぶのかに正解がなくても、どのように歴史を読み解くかという点では同じ地図を持てると思う。
有山氏:子どもたちが実際に被爆された方や被災された方のインタビューをする際、実際に経験された方がいるのだと知る体験が大きなインパクトになっている。そうした体験をきっかけとして事象を自分ごとに捉えることが出来たらその先の生き方に繋がっていくのではないか。
― 災害発生の際は大人と子ども平等に被災を体験するので、情報のゲートキーピングは意味を持たないように感じる。
豊福氏:体験していることだとゲートキーピングにはならない。ゲートキーピングとは、先生が授業を行うときに全部情報を背負っていて子どもには必要な情報しか渡さないという教育手法である。授業では疑似的にそのような状況を作れるが、現実の世界では子どもは自分自身でメディアにアクセスするためゲートキーピングにならず、最近のやり方としては筋が良くない。
― 発達段階に応じて事象の概念化の形式的な方法から教えるということか。
豊福氏:複雑な事象の理解にはステップがあるので、いきなり難しいことを子どもに渡しても分解出来ない。子どもはまず大人の解釈を読み取ってそこに価値をつける。ティーンエイジャーがやるべきことは、概念を組み立てて、豊かに作っていくこと。
― 災害は生命に関わることだから、子ども作成のコンテンツを公表する場合は専門性のある大人によるチェックが必要なのではないか。
有山氏:その通りだと思う。実際に、動画作成の際は子どもたちに任せてはいたが、何を作っているのかはすべて見せてもらっていた。
豊福氏:専門性の話もあるが、社会一般の常識的に是正しなければならない表現もある。それらを厳しくチェックすることは、社会に対して自分たちが出す情報の責任を負うという意味でも必要である。
― 歴史は解釈次第で見方がわかれるもの。特に「戦争」に関しては単なる善悪で判断させないようにしたい。
豊福氏:立場が違うことで見方や伝えられる事実が違うということは子ども達には良い教材になると思う。そして、それを取り扱っているのがデジタル・シティズンシップではないか。
有山氏:歴史や今起きている事象を読み解くための素地をつける手法がデジタル・シティズンシップには入っている。自分たちで考えることが出来た上で改めて、今回の戦争はどうなのかというのを一人一人が自分なりに受け止めて考えてくことが必要だと感じる。
執筆:田邊新之助(GLOCOMリサーチアシスタント)
有山 裕美子(軽井沢風越学園教諭/都留文科大学、法政大学ほか非常勤講師)
東京都武蔵野市出身。都留文科大学文学部初等教育学科、玉川大学文学部卒業、日本大学大学院総合社会情報研究科文化情報専攻修了、修士(文化情報学)
大学卒業後、公立小学校の教員に。出産を機に退職し育児中に司書と司書教諭の資格を取得する。公共図書館非常勤職員、中学・高等学校での国語科兼司書教諭を経て、現在は軽井沢風越学園で初等教育に携わるほか、複数の大学で司書・司書教諭課程の非常勤講師を務める。中高勤務時代は学校図書館を中心とした情報活用能力の育成やファブスペース導入に関わった。風越学園では、デジタル・シティズンシップの授業を担当している。
豊福 晋平(国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授)
1967年北海道生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退、1995年より国際大学GLOCOMに勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化のテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003~2013)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。NHKニュース、日本経済新聞、朝日新聞をはじめとしたメディアにも多数出演・掲載。
※本セッションは、2022年5月13日(金)Zoomウェビナー形式で、事前参加登録をしたリモート参加者約60名にライブ配信されました。
GLOCOM六本木会議オンラインでは、今後も継続して、旬なテーマをピックアップし、セッションを開催してまいります。各回のセッションの収録動画は、Youtubeチャンネルにアップし、アーカイブ化することで、いつでもご覧いただけます。
また、GLOCOM六本木会議ウェブサイト(https://roppongi-kaigi.org/)より、事前参加登録をされた皆さまには、Zoomウェビナーを介してライブでもご視聴いただけます。